母の仮面が苦しいあなたへ 「自分」は今もそこにいる 金原ひとみ

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寄稿・金原ひとみさん 小説家

 休日の昼下がり、編集者が日本から送ってくれた本の束から一冊選び、ベッドに横になって読みながら、眩(まぶ)しくて電動シャッターを少し下ろした。本は緩やかに面白みを増し、このまま昼寝でもしてしまおうかと思ったその瞬間、唐突に郷愁を感じて文字を追う視線を宙に泳がせた。

 「そうか、私はこんな感じだった」

 そう気づいて、何かが胸から全身に広がっていくのを感じた。それまでも少しずつ戻りつつあったのだろうけれど、はっきりと認識したのはこの日が初めてで、それはつまり、「子供を産む前の自分」と邂逅(かいこう)した瞬間だった。

「今日を乗り越える」の繰り返し

 もう会えないのかと思ってた…

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    藤田結子
    (社会学者)
    2023年11月16日10時10分 投稿
    【解説】

    「今、母というペルソナに苦しんでいる人に、いつかその仮面は外れて息ができるようになるよと言うことはできない。外したくても状況的にそれができない人も必ずいるからだ」と金原さんは書いています。そんな「状況」が生じやすいのが現代の日本です。多くの

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    望月優大
    (ライター)
    2023年11月17日10時55分 投稿
    【視点】

    1969年の北アイルランドを描いた映画『ベルファスト』(2022年のアカデミー脚本賞)で、出稼ぎでロンドンからあまり帰ってこ(られ)ない夫が、妻に対して、二人の子どもは妻が一人で育てた(自分は育てていない)と言葉にする場面があります。その場

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